Tales of ARISE
Beyond the Dawn「Prelude」

アルフェン&シオン編
~変わりたいふたり~

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  世界の激変は人の心をあるいは追い込み、あるいは駆り立てる。浮足立った心は向ける対象を求める。向けられる側の思いも知らずに。

  時を刻むように滴り落ちた雫の、澄んだ音が暗い岩に囲まれた空間に響いた。音は小さく、速やかに冷たい湿気に吸い込まれ静寂が戻る。
  だしぬけに新たな音が静寂をかき乱す。雫とは対照的に、不規則で騒々しい水溜まりの水が跳ねる音。そして、紛れもない人間の息遣い。布や金属が擦れる音も。 「滑りやすい。ゆっくり進んだ方がいいな」
「ええ、そうね」
  アルフェンとシオン。黒と白の対象的ないでたちのふたりが、薄暗い洞窟の中を歩いていた。
  洞窟はすべてが自然のままではなく、ところどころ人の手になる石積みの壁や階段、彫刻が、半ば岩に溶け込むように残されている。その複雑な形状が、篝火の揺らめきに合わせて、奇怪な影の踊りを作り出す。
  ふたりの他に動くものの気配はなく、不気味なまでの沈黙が辺りを満たしていたが、ふたりは慣れた様子で歩みを進めていく。さながら互いの存在がある限り、何も恐れることはないとでもいうように。
「面白い形をしてるな」
  横倒しになった柱頭の彫刻の傍らを通り過ぎながら、アルフェンは言った。
  洞窟の遺跡は失われたダナの歴史だった。300年前、レナの支配下に入って以降、破壊され消されてきた文明の痕跡。こうした廃墟や遺跡がまだどれだけ残っているのか、そこからどれだけの過去の文化を蘇らせることができるのか、ふたりには見当も付かなかった。

「リンウェルがいたら、色々と教えてくれたかもしれないわね」
「ああ。俺にはろくに見分けもつかない。情けないな」
  果たして見たことがあったろうか。300年前の時代をその目で見たことのある身だ。本来なら誰よりも詳しくてよいはずだ。だが記憶を探っても、アルフェンはまるで思い出せなかった。記憶というより興味の問題だろう。こればかりはいかんともしがたかった。
「アルフェン」
  シオンの声にアルフェンは我に返った。いつの間にか下り階段になっていた。その先で水面が灯りを反射して煌めいている。道はすぐまた登りになるらしく、水面の向こう側に階段の上端が見えており、そこからまた先へと続いていた。
「壁伝いに行こう」
  ふたりは水面の少し上にある壁の張り出しを進むことにした。慎重に行けばさほど危険はない。水面はそんなふたりの姿を映している――鏡のように。   シオンが足を止めた。
  それに気付いてアルフェンも立ち止まった。どうしたのかと問おうとして、シオンの視線の先に気付く。シオンは水面を見ていた。あまりに鏡のような水面を。アルフェンの顔が強張った。
「〈虚水〉か」
  物質がそれを構成する星霊力を根こそぎ失った後に、その痕跡として残るもの。ただその境界面に周囲を映すだけの虚無。ふたつの世界がひとつになった時、レナ世界に満ちていた膨大の〈虚水〉も新世界に持ち込まれた。その大部分は地下に沈んでいたが、こうして人の目に触れることもある。〈虚水〉に塞がれ、通ることのできなくなった道や、人が暮らせなくなった土地もあり、新世界の新たな問題となっていた。
  物質の死と例えられる〈虚水〉は、その性質に未だ謎が多いとはいえ、なるべく接触を避けておくに越したことはない。ふたりは黙って張り出しの上の移動を再開した。
  反対側に渡り切ると、シオンが小さく安堵の息を漏らした。またしばし進んでから、気持ちを切り替えるように口を開いた。
「そういえば、手紙はちゃんと皆に届いたかしら」
「大丈夫、信頼できる行商人に預けたんだ。心配いらないさ」
  そこでふと思い出して、アルフェンは尋ねた。
「そういえば、シオン。どうしてテュオハリムには手紙を出さずに、キサラに伝言を頼んだんだ?  リンウェルだって……」
「どうしてって――」
  シオンは一瞬戸惑いの顔をした後、呆れと腹立ちが混じったような表情を浮かべた。この朴念仁ときたら。
「……不公平だと思ったからよ」
「不公平?  何がだ?」
  今度こそ、はっきりと語気を強めてシオンは言った。
「いいこと?  皆は私たちより、会う機会が限られているでしょう?」
「あ……」
  ようやく理解して、アルフェンは顔をひきつらせて固まった。こうなると怒る気にもなれない。
「お節介だったと思う?」
「い、いや、そんなことはない、と思う」
  ならよし、と歩き出そうとした途端、シオンは小石を踏んでしまった。足の裏が滑り、上半身が後ろに仰け反って――
「シオン!」
  アルフェンの声に反射的に手が伸びる。その腕をアルフェンの手が握り、力強く引き戻した。勢い余って、アルフェンが抱き留める形になる。先ほどとは一転して真剣そのもののアルフェンの表情が、シオンの目に映った。
「大丈夫か」
「あ、ありがとう……」
  シオンが姿勢を立て直しても、アルフェンはしばし掴んだ手を放さなかった。
  かつて〈荊〉の呪いのために、他人と触れ合うことができなかったシオン。それが今では自分から咄嗟に手を差し出せるようにまでなっている。未だ親しい相手以外には身構えてしまうとはいえ、一年前に比べれば大きな変化だった。間一髪の状況だったにも拘わらず、そう思うと、アルフェンは嬉しかった。

  そんなアルフェンに何を感じたのか、シオンは急に――それでいて突き放さないよう、慎重に――身を離した。
「い、行きましょう。出口は近いわ」
  言うと足早に歩きだす。今どんな顔をしているか見られまいとするかのように。
  また転んでしまわないかと、アルフェンは慌ててその後を追った。

  洞窟を抜けると、穏やかな日差しのもとで、草木が生い茂る開けた場所に出た。見慣れたダナの風景。だがその向こうに、かつてはなかったものがあった。
  異形の構造物。ダナ人のものでもレナ人のものでもない。ヘルガイムキル――真のレナ人――の遺産。〈虚水〉と同じく、ふたつの世界が融合したことの動かぬ証拠。〈虚水〉同様、こちらも大半は地下に埋もれていたが、そこかしこで、こうしてその上端が地上に露出している。
  見つめるふたりの目の前を、音もなく光の粒が舞った。星霊力の光。以前、リンウェルから聞いた話では、世界合一の際に、物質化し損ねた星霊力の残りではないかという。それぞれ五属性だった双世界がひとつの六属性世界になった時、こぼれた力だと。無害ではあり、取り立てて珍しくもないが、これもまた一年前には存在しなかった現象だった。
「こうして見ると、改めて世界が変わったことを実感するわね」
「ああ」とアルフェン。「変わらないのは、人の心ぐらいだ」
  その声に微かな陰を認めて、シオンは眉をひそめた。
  世界の在り方を変えた一年前の戦い。そこで大きな役割を果たした仲間たちは、皆、多かれ少なかれ人々からの注目を経験していた。分けても中心的な存在であるアルフェンは、どこに行っても注意を向けられずには済まなかった。それもダナとレナの双方から。
  それが彼自身が望んだものではないことを、シオンは知っていた。
  寄り添いたい。かつて自分を救ってくれたように、今度は自分が支えたい。だがアルフェンは自分からすがろうとしない。シオンはそれがもどかしかった。
「ねえ、アルフェン――」
  何とか切り出そうとしたその時、木立の間から悲鳴が轟いた。
「ひいっ、だ、誰か!!」
「今のは!?」
  シオンが叫んだ時には、もうアルフェンは走り出していた。

  ふたりは走りながら、武器を構えた。アルフェンは剣を、シオンは銃を。悲鳴の調子から、それが必要なのは明らかだった。
  声の主はすぐ見つかった。その原因も。
  ズーグルだ。それも大きい。全身びっしりとごわごわした剛毛で覆われている。後ろ足で直立し、前足だか腕だかの先には、それこそ刃のような爪が並んでいる。一見して手強そうだ。
  その凶暴な目の先に、旅人らしきダナ人がひとり。腰を抜かしたらしく、立てない体で必死に後ずさりしようとしている。
  世界合一後、すべてのズーグルがレナ人の制御を受け付けなくなった。その点ではダナ人もレナ人も平等になった――平等に襲われるように。ダナ人にとっては何も変わらないが。
  今ではダナだろうがレナだろうが関係なく、すべての人間をズーグルが襲う。そんなところばかり平等になっても仕方ないのに。
  ズーグルが吠えた。アルフェンは余計なことを考えるのをやめた。とにかく旅人を救うのが先だ。

  声を上げて注意を引きつつ、剣を構えて突っ込んでいく。その背後で、シオンが牽制の射撃を放つ。だが銃撃は当たりはしたものの、剛毛に阻まれて、深手には至らない。
  ならばと、アルフェンは飛び込んで直接腹部に切りつけた。だが必殺の斬撃は、鋭い音と共に爪で止められた。火花が散った。金属の剣を止める爪。受ければ、命取りになりかねない。
  強い。
とはいえ、遥かに恐ろしい存在とも幾度となく渡り合ってきた。勝てない相手ではない。アルフェンの口角が不敵に上がった。
  ズーグルもそれを感じ取ったのかどうか。突如、怪物はアルフェンから狙いを変えた。旅人の方に首を巡らせるや、大きく跳躍した。一気に旅人との距離を詰める。
「しまった!」
  アルフェンが叫ぶと同時に、まばゆい銃撃が頭上を通り抜け、ズーグルを打ち据えた。攻撃はまたも通らなかったが、それでも空中でズーグルの体勢を崩しはした。   アルフェンの手の中で赤光が閃いた。彼の象徴ともなった炎の剣。使い手自身をも焼く炎の奔流。
「おおおおっ!」
  地面を蹴ってズーグルに、その背後から灼熱の一撃を叩き込む。剛毛の守りがあろうが関係ない。全身を劫火に包まれ、ズーグルは絶叫した。内と外の両方から焼かれ、地面に落ちた時には息絶えていた。
「怪我はないか?」
  なおも腰を抜かしたままの旅人に、アルフェンは声をかけた。旅人は呆けたようにしていたが、正気付くや頭が外れかねない勢いで何度も頷いた。
「あ、ありがとうございます!  うっかり道に迷って、そしたらズーグルに見つかって……。それがまさかあの噂の〈炎の剣〉に助けてもらえるなんて!」
  〈炎の剣〉。その言葉にアルフェンは身を固くしたが、極度の恐怖から命拾いした旅人は気付かなかった。
  皆に自慢できる。そう言って、繰り返し頭を下げながら、旅人は去っていった。その姿が見えなくなるまで、アルフェンは無言で立ち続けていた。
  そのアルフェンをシオンはじっと見つめていた。
  〈炎の剣〉はダナ人にとっては英雄と同義の言葉だ。炎の剣はその名の由来。その象徴。その名で呼ばれるのをアルフェンは好まない。シオンはそのことをよく知っていた。
  使えば、相手に素性を悟られるのは自明のことだ。そんなことはアルフェンも分かっている。それでも必要だと、一度は失ったそれをふたりで再生した。分かっていて、誰かを助けるためなら、一瞬の躊躇もなく使った。それがアルフェンという人。そういう人だからこそ、私は――
「シオン?」
  心配そうな声。ああ、いつもそう。自分のことは二の次にして。
  自分もまた同じようにしてあげたい。改めてそう思う。
「なんでもないわ」
  シオンは小さく首を振って微笑んだ。

「んじゃ、行くか」
「うん、早く皆と会いたいよ」
「フルッフー!」

「忘れ物は……大丈夫そうですね」
「うむ、頼りにしている」

「久しぶりに全員で顔を合わせられるわ」
「ああ、楽しみだな」

  新たな世界での新たな旅。そこで待ち受ける新たな出会い――新たな物語のこれがその幕開け。

「Tales of ARISE - Beyond the Dawn」に続く

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